日記・コラム・つぶやき

2014年2月 5日 (水)

画期的な小説の書き方

先週、「無限の話」(2006年初版 青土社)というイギリスの宇宙物理学者J・D・バロウ氏の本を読みました。サイエンスライターでもあるので、宇宙と数学のお話を一般人にわかりやすく解説しています。最終章にちょっと面白いお話がありました。
猿にタイプライターを持たせて、キーを打たせると、殆んどはでたらめの単語になりますが、「わずかな確率で意味をなす文章が偶然に発生し、無限の時間をかけるとシェイクスピアの本が出来るだろう・・」というのです。殆んど確率ゼロの世界ですが、ゼロではありません。
ここで、昔の数学の問題を思い出しました。
俳句の17文字を「あああああ・・・」からはじめて「ああああい・・」「ああああう・・・」と続けて、「んんんんん・・」まで終わらせるには、何時間(何万年)かかるかという問題。50音の17乗のパターンで1秒ごとに1句を作ると、50の17乗秒となります。この中には「かきくえば(柿食えば・・)」も「ふるいけや(古池や・・)」も必ずでてきます。数万年後、全てを終了したら俳句会は消滅しますが・・。

よく作家の方のお話しのなかで、登場人物が勝手に1人歩きをしてお話が思わぬ方向に展開していくということを耳にします。
そこで、こんなご提案を。
「冒頭の数文字をパソコンを使って、ランダムにプリントアウトさせ、これぞ名文という数文字が発生したら、そこから小説を書き始める。」

プリントアウトした文字列は、殆んど意味をなさないでしょうが、まれに普通の頭脳では思いつかない奇想天外な名文が出てくることも否定できません。中には「わがはいは(我輩は)」も「とんねるを(トンネルを)」も出てくるでしょう。冒頭の数行が良い文章が書けたら、後はすらすらと次の文章が出てくるのではないでしょうか。

PS・・2月20日
スティーブン・ホーキング氏の著書「ホーキング、宇宙を語る」(早川書房)にも、猿とタイプライターの話が同じように出てきました。どちらが初出なのか、それともイギリスでは周知の有名な話なのか、定かではありません。

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2013年5月19日 (日)

イギリスには紅茶の文化があるの?

ゴールデンウィークにご来店のお客様からのご質問です。
「紅茶文化って、イギリスだよね?」

こんな高尚な質問は、まれにしかありませんが、
お客様は、男性お一人様で、たぶん初めてのご来店。
JPSのタバコ吸ってて、黒の革ジャン。
英国ファン?と思ったけど、紅茶のオーダーぎこちないし・・。
「イギリスは紅茶のブレンド国です。文化はないんじゃないの?
まだインドの方が紅茶文化はあると思いますが・・。」と、私。
少し意地悪な回答をしておきました。紅茶ファンには叱られそうな答え方ですが、私の率直な感想です。ここは、紅茶教室ではないので・・。

「単純に考えて、イギリスは日本と同じ島国で貿易国。遠くの国の食材を輸入して、付加価値をつけ、加工して輸出する。船の動向や利幅の大きな貿易商品を見つけるために、情報交換をするカフェやパブという交流の場が誕生し発達した。輸出するには、安定した品質が欠かせないので、紅茶のブレンド技術も発達した。」と、私は考えます。紅茶が、一般大衆に浸透したからといって、文化といえるのでしょうか。現在では、パブは廃れ、スタバが出店加速中。交流の場であれば、あまり飲み物自体にこだわりはないんじゃないかな。夢も希望もありませんが、イギリスの食文化はというと、ジャガイモです!

あくまで、個人的な意見ですが、日本と比較するとよくわかります。
今の日本では、あまりお米を食べませんね。朝昼晩お米無しの人も。
明治時代、日本に文明開化とともにパンが入ってきました。平成の現在では、カレーパンやお惣菜パン、焼きそばパンなど、日本独自の加工を施したパンが販売されています。朝食にパンを食べる人が多いですね。では、「日本でパンの文化が花開いた」と言うかといえば、言わないでしょ。
日本はお米の文化。器を手に持って、箸を使ってご飯を食べる。器をテーブルに置いたまま食べる人はいないだろうし、箸が使えない日本人もいないでしょう(たぶん)。焼き立てパンに憧れてホームベーカリーも販売されていますし、自店でもオーブンレンジでブラウンブレッドなども焼いていますが、未だ「日本の文化」じゃありません。日本人の精神的なベースになっているのは稲作であって、その土地の気候に適した作物です。あるいは、うどん。日本の気候では中力粉に適した麦しか収穫できなかったので、その特長を生かした食べ物「うどん」。そこに輸入食材として薄力粉(アメリカから輸入してきた粉=「メリケン粉」って言ってました・・若い人は知らないかな)が入ってきた。食べ物自体が不足していて、西洋の食に強い憧れを抱いていた戦後、パンが商業ベースで利幅が稼げる輸入商材として認められ、各会社が競争して様々な特徴あるパンを作って現在に至ります。では、イギリスでの紅茶はというと・・
アル中にあふれかえった英国で、紅茶が普及したのは史実です。茶葉を生産する遠いアジアの国を想像し、憧れを抱かせ、安価な低品質の茶葉に付加価値として香料をつけたフレーバーティーを製造する会社や、東洋の陶器の真似事をする会社が英国で起業し、イメージとして紅茶を高級なものに仕立て上げた。その高級イメージ戦略に、西洋の名にかぶれ易い日本人がひっかかった。
英国の「紅茶」と日本の「パン」、よく似てるでしょ。暮らしの中での日々の習慣と、国の文化とは違うような気がするのです。参考文献として下記の本を挙げておきます。
「世界の食文化17 イギリス」川北稔著 農山漁村文化協会発行2006年7月初版
116から119ページ「(都市生活の労働者に課せられる)厳しい時間管理の下では、砂糖入り紅茶を基本とするイギリス風朝食が最も適合的であった。・・砂糖と紅茶は、カフェインと即効性のあるエネルギー源として、決定的な意味を持っていた。・・イギリス人は、商業上も、金融の上でも極めて有利な位置にいるために、地球の東端(中国)から持ち込まれた茶に、西端(カリブ海域)からもたらされた砂糖を入れて飲むとしても、国内産のビールよりも安上がりだった。・・」と、産業革命当時のイギリスの一般庶民の生活について書かれています。現在の日本人が、朝の忙しい時間帯にパンを一切れかじって出勤するのとそっくりです。

皆様は、どのようにお考えでしょうか。紅茶ファンから石が飛んできそうな文章ですが、これはBLOG(個人の日記)であり、私の率直な感想です。今回のテーマに関しては、あまり議論しようとは思いません。コメントはご自由に。ただ、コメントを書かれても、お返事はないかもしれません・・。

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2013年1月 4日 (金)

初心忘るべからず

新年おめでとうございます。
今年も紅茶の店10時3時をよろしくお願い申し上げます。

さて、1月1日と2日のNHKラジオ深夜便の午前4時の「明日への言葉」は、観世清和氏のインタビューでした。シテ方観世流能楽師。二十六世観世宗家で当代。内容の濃いいい話が多かったのですが、新年にふさわしく、世阿弥の言葉を2つご紹介します。

「初心忘るべからず」 誰でも聞いた事のある言葉です。真意は、「常に己の未熟さを認識して稽古に励むように。」ということだそうです。何年たっても未熟者で生涯稽古。

「離見の見(りけんのけん)」 「観客席から自分の舞がどのように見られているのかを常に客観的に意識しなさい。」だそうです。

お能に限らず歌舞伎や文楽などの伝統芸能は、敷居が高く、一般庶民には難しそうな世界。観世氏は敷居を下げ、少しでもわかりやすくなるよう日々努力なさっていらっしゃるようです。紅茶もそうかもしれませんね。「なるべく低価格で飲みやすく、誰でも美味しいと感じられるような紅茶を」。自店の開店時のコンセプトです。慢心することなく、おひとりお一人を大切に。今後もよろしくお願い申し上げます。

PS・・1月5日産経新聞に観世氏の対談特集が掲載されています。見開き2ページ。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130105/ent13010509560006-n1.htm

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