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2011年1月25日 (火)

日常と非日常の切り替え

今週、中央図書館でお借りしている2冊の本の中に、偶然にも同じ内容が書かれていました。ちょっと面白かったので、ご紹介します。

1冊目は、「緒形拳を追いかけて」垣井道弘著 ピア(株)発行 2006年初版
第3部の「演技とは何か」 279ページ 
「・・役者はやっぱり非日常の中に生きているわけだからね。あんまり日常みたいなものを引きずらないようにする。だからここに生きている自分というのは、どっかに忘れてこないと。俺たちの仕事は日常を忘れ去ることのおもしろさかもしれない・・・自分がある人に変わっていく。そのときに自分と役の自分がどっかですれ違うんだ。そこんとこだと思うんだよ。そこんとこは、もう45年もやっていて、いまだにうまく説明できない・・」
生前の緒形拳さんへのロングインタビューの内容の1節です。撮影現場でカメラの前に立てばパッと変わるそうで、さすがプロって感じですね。

2冊目は、「沈黙のまわり」谷川俊太郎著 講談社文芸文庫 2002年第1刷
詩集ではなく、エッセイ集です。「世界へ」 39ページ
「・・私の中で、言葉はいつも二重になっている。ひとつは詩の言葉、ひとつは実際の生活の言葉。そうして、それらは同じ言葉でありながら、決して一致しないのである。この言葉の二重性を説明するのは大変難かしい。・・。詩から一切の曖昧な私性を完全に追放してしまう。そうすることによって、詩は明らかに劇や小説に近づく。詩は完全な虚構となり、感動はもはや言葉と直結しない。そうすることによって、私の生活の言葉は私の詩の言葉と完全に分離できるだろう。・・」
昨年末から、谷川さんの詩集を数冊読んでいます。谷川さんは、詩を作るときに、生活の言葉(日常)を追放してしまうそうです。意外な感じ。普通の人だったら、日々感じることを、詩の形で書き留めると思うのですが・・。やはりプロのやることは違いますね。詩を読んで、読者がファンタジーの世界にいけるのは、お芝居や劇、小説に通じるものがあるのでしょう。

お二人とも、切り替えについて非常に説明が難しいと述べられています。説明できないながら、天性のなせる瞬間的なものでしょうか。凡人の私には、とてもできそうにありません。

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